また物議を醸しそうなiPhoneアプリが登場!

以前、世の男性に恐怖を与えたカレログというiPhoneアプリについて記事にしたが、今度は一歩間違えばちょっと洒落では済まされないようなアプリが登場した。

その名も「Zang Pang」。こう書くとピンと来た方もいるだろう。そう、「残飯」という名のアプリである。

このアプリ、どのように使うかというと、飲み会や外食の時に、ついつい食べきれない量の料理を頼んでしまってもったいない・・・というときに「その残りを食べてくれる人」をこのアプリで募集、また空腹な人はこのアプリで周辺に募集している人を検索し、「実際にお店まで行って」その残りを食べる。こうして残り物がなくなる=画期的なアプリらしい。 Continue Reading →

NY市、テストには恐竜やクリスマスなどの出題を禁止

CNN.co.jpによれば、「離婚」「恐竜」「宗教」など大人の間で意見が分かれるテーマを市の標準テストで出題してはいけない――。米ニューヨーク市教育局がテスト業者向けにそんな指針を公表したようだ。

人種問題が常に身近にあるアメリカ・ニューヨークでは、「大人の間で意見が分かれ、自治体が義務付けるテストに出題するのはふさわしくない」とみなしたテーマや単語は避けたい意向

だそうなのだ。 Continue Reading →

Google+に本名で登録しているのにアカウント停止される人が

つい先日、Yahoo!ニュース(記事提供:ITmedia News)にこのような記事が掲載された。画像はそのときのキャプチャだ。

ここには「ブラッドリー・ホロウィッツ副社長は7月26日(現地時間)、アカウント停止前に警告を表示するなどの改善を図る方針を明らかにした」ことが報じられている。
この記事を書いているのは2011/08/12。つまりまだそんなに日が経っていないこともあり、対策としてはまだ完了していないのだろう。

 

そうこうしているうちに、筆者のtwitterのTL上に2名のGoogle+ユーザーがアカウントを停止されたという報告をつぶやいた。

一人目はtokuriki.comを運営しておられる「徳力基彦」氏。本名である徳力基彦で登録したにも関わらず、アカウントの停止措置がされたことを彼のtwitterフォロワーからの問い合わせで気がついたという。

彼は自身のブログでそのときのことを冗談交じりに

プロフィール欄が基彦徳力の順番になってるのって、Googleが英語表示で入れ替えてるからでしょ?
本名で停止されたら俺は一体どうすればいいわけ?
名前変えろと言うことですか?
いや、ひょっとして俺の名前って徳力基彦じゃ無かったのかな・・・・Googleが間違ってるって言うんだから・・・

などと書いているが、まさか本名で登録しているにも関わらずいきなりアカウント停止されるとは思ってもみなかったことだろう。

二人目はグラフィックデザイナー/webデザイナー兼自宅警備員の加藤僚一氏。この方も先の徳力氏と同じように本名を登録しているにも関わらずアカウント停止措置をとられた。

相当に怒り心頭のご様子で、侮辱しているのか?とtwitter上で怒りをあらわにしている。そして

いやまじ何かむかついてる。百式さんあたりにニュースにして頂きたいくらいだ。名前にモザイクとかいらないから誰かニュースにして欲しいわ。

とつぶやいておられた。百式さんでなくてすいません。こちらはMONKEY THE 100th、つまり百猿です。

お二人とも、本名で登録したのにまさか自分がアカウント停止を食らうなどといった事態になるなんて夢にも思わなかったことだろう。

TechWave.jpのGoogle+偽名理由に多数のアカウント停止が始まった【湯川】】という記事では、アカウント停止の理由は不明としながらも「名前の中に引用符が入っており、これらのケースに限っては、このことがアカウント停止の理由」や「書き込み内容が公序良俗に違反したからではないか、という指摘」などの推察が掲載されている。

名前に引用符が入っている場合、たとえばインジェクション的な攻撃を受けてる可能性を自動判断がした、ということもかもしれないなぁと思う。が、両名については該当しない。
文字コード的にどうなんだろうか?と思い立ち、チェックしてみたが該当しないようだ。

なんにせよ、Google側は「まだ始めたばっかなんで不都合なんかありますよ」的な話をしているが、さすがに自動化の限界があったのだろう。また、アカウント復帰に有無をいわせず証明書の類を要求するというのも少々乱暴すぎるとも感じる。

状況が状況だけに、今後Googleがどのような改善策を講じるのか、見守りたい。

僕たちの遊び場を縛るな!

いま、twitterなどである運動が巻き起こりつつある。それは、若者の社交場とも言うべき「クラブ」の取り扱いについてだ。まずは、以下の文章を読んで欲しい。

この署名は「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」におけるクラブ(ナイトクラブ、ダンスクラブ)の取扱の改善を求めるものです。
2010/12/5、大阪のクラブの摘発がありました。 最初は、私も無許可なら仕方ないと思いましたが、調べると、風営法の許可をとっても深夜0時まで、特例の認められる地域でも1時までしか営業が認められません。
カラオケは風営法の規制対象にならないのに、 クラブが風営法の規制対象になる。
クラブで音楽を聴き、お酒を飲んだり踊ったりすること。これは健全で自由で楽しいことであるにもかかわらず…。
これは不当と考えざるを得ません。 このままでは、必ず同じようなことが起こります。

去年の暮れに起きたこの大阪の事件は、クラブシーンにとって大変な事態と認識されているようで、現在は発起人が中心となって署名サイトで署名を募っている。

そもそも、クラブがなぜ風営法の取り扱いになっているのか。条文についてはネットではこちらで全文をみることができる。今回は対象となる要件について記載されている先頭だけ引用する。

第一条 この法律は、善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため、風俗営業及び性風俗関連特殊営業等につい て、営業時間、営業区域等を制限し、及び年少者をこれらの営業所に立ち入らせること等を規制するとともに、風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正 化を促進する等の措置を講ずることを目的とする。

(用語の意義)
第二条 この法律において「風俗営業」とは、次の各号のいずれかに該当する営業をいう。
キヤバレーその他設備を設けて客にダンスをさせ、かつ、客の接待をして客に飲食をさせる営業
待合、料理店、カフエーその他設備を設けて客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業(前号に該当する営業を除く。)
ナイトクラブその他設備を設けて客にダンスをさせ、かつ、客に飲食をさせる営業(第一号に該当する営業を除く。)
ダンスホールその他設備を設けて客にダンスをさせる営業(第一号若しくは前号に該当する営業又は客にダンスを教授するための営業のうちダンスを教授する 者(政令で定めるダンスの教授に関する講習を受けその課程を修了した者その他ダンスを正規に教授する能力を有する者として政令で定める者に限る。)が客に ダンスを教授する場合にのみ客にダンスをさせる営業を除く。)
喫茶店、バーその他設備を設けて客に飲食をさせる営業で、国家公安委員会規則で定めるところにより計つた客席における照度を十ルクス以下として営むもの(第一号から第三号までに掲げる営業として営むものを除く。)
喫茶店、バーその他設備を設けて客に飲食をさせる営業で、他から見通すことが困難であり、かつ、その広さが五平方メートル以下である客席を設けて営むもの
まあじやん屋、ぱちんこ屋その他設備を設けて客に射幸心をそそるおそれのある遊技をさせる営業
スロットマシン、テレビゲーム機その他の遊技設備で本来の用途以外の用途として射幸心をそそるおそれのある遊技に用いることができるもの(国家公安委員 会規則で定めるものに限る。)を備える店舗その他これに類する区画された施設(旅館業その他の営業の用に供し、又はこれに随伴する施設で政令で定めるもの を除く。)において当該遊技設備により客に遊技をさせる営業(前号に該当する営業を除く。)

ざっと眺めてみただけでも引っかかりそうな(というか、そのものズバリな)項目がある。とくに、赤文字の部分でクラブは風営法の範囲となる。では、いったい風営法とはなんなのか。そのためにはまず、「風俗」という言葉の意味を紐解く必要があるだろう。Wikipedia では「風俗を以下の通り解説している(今日は引用が多い)。

1.ある時代や社会、ある地域や階層に特徴的にみられる、衣食住など日常生活上のしきたりや習わし、風習のこと。広く、世相や生活文化の特色をいう場合もある。類似語に世俗習俗習慣と風俗)がある。用例としては「明治時代の風俗」「下町の風俗」「性風俗」などがある。

2.日常生活上の風俗を絵画にしたものを風俗画と呼ぶ。特定の階層、特に一般市民の日常の様子を主題としたものが多い。西欧においては、ルネサンス期以降、市民社会の発達に伴って一ジャンルを築くようになっていった。風俗画を残した代表的な画家には、ピーテル・ブリューゲルヨハネス・フェルメールなどがいる。日本においてもジャンルとして広まったのは近世以降である。江戸時代には、市民の風俗を題材にした浮世絵が多数残されている。

3.世相や風俗を社会的な広がりでとらえて描いた小説を風俗小説と呼ぶ。同様に、庶民の世相や風俗を描いた喜劇を風俗劇といい、ヨーロッパでは17世紀にモリエール(フランス)やコングリーブ(イギリス)らに始まっている。

4.雅楽の一種。くにぶり。日本の各地、主に東国で流行した歌舞宮廷用に選集・編曲したもの。大嘗会(だいじょうえ)などの朝廷の儀式の際に演じられた。を風俗舞(ふぞくまい)、歌謡を風俗歌(ふぞくうた)と呼ぶ。

5.性的な習慣や嗜好を指して「性風俗」と呼ぶ。性的サービスを提供する業種の動向を指して「性風俗」、またその産業(風俗店)そのものを指して「性風俗」や「風俗」と称する事がある。

つまり、広く一般に浸透しているとされる習わしや風習、習慣などを総称して「風俗」と呼び、その中には当然性的なものも含まれておりそれを「性風俗」と呼ぶ。
我々は風俗ときくと性に関するサービスや水商売などの飲食サービスを思い浮かべるわけだが、実はもっと広範囲だ。ゲームセンターが風営法により摘発を受けるというニュースは見聞きした方もあるだろう。

要するに、風営法がカバーする範囲はとてつもなく広い。

風営法は第二次世界大戦の後、1948年に制定された。戦前は風俗営業のほか食品関係や旅館衛生面においても、警察の管轄に置かれていたそうだが、それまでの恣意的な影響力が問題視され、戦後に出来た風営法で管理するようになったといわれている。
その中で「ダンス」というものは享楽的(快楽にふけるさま)であり、そのつながりで売春なども取りざたされていたため、風営法の範囲として厳しく取り締まることになったのだという。

そう、まさに5項に近い理由で風営法によりクラブは「踊る」という点で風営法の影響下にならざるを得なかったわけだ。

現代における「ダンス」はそうとう様変わりした。それまではどちらかと言えば社交場的な様相で社会人が多く集まる場所であったが、次第に若年層の場へと変貌していった。これに法律が追いついていない。

 

筆者もサラリーマンの傍らVJとして参加することもあるので、今回のこの一連の動きにはなんらかのアクションを期待したい。今後も注力していこうと思う。

ソーシャルメディアの在り方

INTERNET watchによれば、「ソーシャルメディアサミット2011」が15日に都内で開催されたそうです。以下、その引用。

「日本のソーシャルメディア」「日本でのFacebook」「企業のソーシャルメディア利用」「ソーシャルメディアが何を変えるのか」の4つのテーマに関 して、それぞれの分野で活躍するパネリストを集めたパネルディスカッションを実施。それぞれ、AMN代表取締役であり著名ブロガーである徳力基彦氏が話を 聞き出すイベントとなった。

mixiを運営する株式会社ミクシィの辻正隆氏は、特徴として「心地のよいつながり」を挙げた。Twitterが有名人などともつながる数百人規模の「イ ンタレストグラフ」、Facebookが同僚・友人を中心とする150~200人程度の「パブリックグラフ」であるのに対し、mixiは親しい友人・知人 との数十人とつながる「プライベートグラフ」だとして、「ちょうど年賀状を送るぐらいの人数」と説明した。

GREEを運営するグリー株式会社の伊藤直也氏は、「コミュニケーション量が最大化されるのが幸福である、という考え」と説明。「“宿題終わった”“お 疲れ”といったコミュニケーションが多い」と紹介し、価値のある情報もいいが、そうしたチャット的なコミュニケーションがを数多くやりとりされていること が受け入れられていると語った。

グリーの伊藤氏は、「インターネットは、誰が言ったかより何を言ったかが重要といわれるが、ソーシャルメディアで、何を言ったかより誰が言ったかが重要になってきている」と、コンテンツにおいて人が軸になっていくことを指摘した。
ミクシィの辻氏も、友人が勧めた本を買ってみるなど、友人・知人関係が消費行動に影響することを挙げ、「SEOからSGO(Social Graph Optimization)へ」と、企業サイトがソーシャルグラフに最適化する必要性を説いた。
デジタルガレージの佐々木氏も、「Twitterでは、企業ユーザーが情報を発信したり、お勧めのユーザーを提案したり、人を軸にして新しい発見がある」と、Twitterの特徴を語った。

ソーシャルを一言で言うなら「公」と筆者は考える。「社会的な自分の位置づけ」を呈した上でのメディア(この場合は媒体と訳すよりも手段と言った方が正確か)。

日本ではながらく匿名文化というものが形成されている。これは、自分という個を隠すことによって自分よりも主体を発言や表現などに重点を置くスタンスだ。
決して隠れてこそこそやるためのものではない。完全な匿名というものはありえないが、刑法に触れない限り、実際の利用シーンとしては理想的なほどに匿名であることもまた事実だ。

そこへきて、twitterを初めとしたソーシャルメディアが台頭してきたことで、そういった「主体」が再び個に帰結しようとしている。その中でもfacebookは驚異的に会員数を増やしたことで有名だ。

ところで、筆者もmixiやtwitterはやっているが「ではfacebookをやるか?」と訊かれると首をかしげてしまう。加入に対する大きな理由は「匿名を受け入れるかどうか」という点に尽きる。
(編集注:facebookは公には実名での登録を呼びかけており、つい先日も匿名登録と思われるアカウント削除騒ぎがあったことで知られる)

なにもfacebookに匿名文化を受け入れよ、といっているわけではない。筆者個人としては実名でなければならないのなら利用しないというだけの話で、むしろその結末は見守りたいので是非その姿勢を貫いて欲しい。

匿名文化が必要な人は、匿名性が許される場所でコミュニティを形成すればよいのであって、わざわざ許されないと分かってて足を踏み入れないということ。もし踏み入れたとしても、「個」より「発信」に重きを置くのであれば合わないと思って退会してしまうだろう。

話を戻して。

ソーシャルメディアが「公」での表現手段であるならば、これまでにも実はブログであったりwebサイトがあったりとごくごく小さい規模の、いわばパーソナルソーシャルメディアはあり、そこで我々はコミュニティを形成してきた。
この中にうまく日本人の気質にあうように取り込まれていった匿名文化。これを引きはがすことは容易ではない。むしろ、急速に大きく変えようとするならバランスを壊す、と筆者はあえて警告する。

そもそも実名登録を好む方でも「用がなければ自分が何者であるかをいちいちアピールしない」のであって、受け手からすれば匿名と何ら変わりはない。

webサイトで画像を公開しているからといって「相手の顔が見える」という主張をすることがおかしいことにデジタルディバイドのこっち側(ネットをよく利用して独特の文化にも慣れている方)にいれば容易に分かる。相手がその画像に興味がなければ見ていないのも同じこと。ましてやLynxでサイト見てたらそもそm

筆者はどちらもあっていいと思うし、どちらかにしなければならない、とはまったく思わない。むしろその混在が人類の混沌とした様そのものであり、リアルだろう。その意味で、どちらかを推すということはないし、推す人こそを疑う。
本当にそう思ってるの?と。

匿名文化は廃れるのか。はたまた日本独自に形成された匿名文化は生き残るのか。どちらの側であっても益があるなら容易にはそのバランスは壊すべきではない(あなたではなく、相手に、ね)。

【2011.2.17 18:25追記】
上記のような世迷い言をいっていたら、続報ではないのですが関連記事が出てましたのでご紹介。
津田大介氏「Twitterがもたらしたのは賛否両論の可視化。Facebookは賛ばかり」